[フレスコのこだわり]非常識への挑戦

始まりは洗える防炎布団から1

布団屋がルーツのフレスコならではの“布団丸洗い発明”のきっかけを紹介します。

非常識に挑んだフレスコの歴史 文章

1982年(昭和57年)2月、東京赤坂のホテル・ニュージャパンで火災が発生しました。死者32人を出した大惨事でした。当時、テレビでこのニュースをご覧になった方も多いと思います。

火災の原因追求が進むうちに、燃えにくい繊維が脚光を浴びました。
消防法が改正され、不特定多数の人々が利用する施設には、防炎カーテンやカーペットの採用が義務付けられました。
寝具類も法制化されるのでは?と考えたメーカーは、フレスコのルーツである井戸太蒲団店と共に防炎寝装品開発チームを発足させました。
日本防炎協会の基準をクリアするために、繊維を混ぜる割合やカサ高について試行錯誤が繰り返されました。

防炎商品は、日本防炎協会の防炎認定ラベルを縫い付ける事が義務付けられています。例えば、病院の貸し布団に血痕が付いて返却された場合、従来のように仕立て直しでは、認定商品にはなりません。防炎ラベルを縫い付ける事ができないからです。
これをクリアするためには、布団を洗って再納品する方法しかありませんでした。洗う事を前提に布団を作る必要性があったのです。

多針キルトという製造方法を応用し、洗う事を前提にした防炎布団を作る必要が生まれました。

研究の甲斐があり、商品はできました。

完成した布団は、何度か洗っても中わたの片寄りがありませんでした。当時の乾燥は天日乾燥でした。200本もある竿に布団を掛け終わる頃には、最初の布団は乾燥していました。重い布団を運ぶので、腰が痛くてたまりません。

当時の、布団を竿に掛けると竿が動いて天日乾燥する「駆動式ふとん天日乾燥機」です。

寝具業界の集まりで、演壇に立って「近い将来、必ず全ての布団は洗うようになります。なぜならば…」とうとうと述べている人物がいました。フレスコの社長です。
当時は、布団を丸洗いする事は非常識な事でした。なぜなら、丸洗いする事を考えて布団は作られていなかったからです。

「健康のためには布団の中わたを清潔にする事が不可欠である…」
布団を洗う事を常識にするための挑戦が始まっていました。

(次回に続く)

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